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ロックの歴史


第1章 ロックの起源

ロックの起源は、1954年に発売された『ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ』のロック・アラウンド・ザ・クロックとされている。この曲は多分みんなどこかで一度は聴いた事があると思う。管理人も最初に聴いた時、「これかぁ〜。聴いた事あるなぁ〜。」って思った。そしてこの曲は、1955年に映画『暴力教室』のテーマ曲に使われた。この映画は若者の非行問題を扱った、当時としてはかなり衝撃的でこの映画を見に来た若者達は、ロック・アラウンド・ザ・クロックが流れると立ち上がり踊り始めたらしい。この映画とこの曲の大ヒットが引き金となり、1955年にロックンロールブームが起きた。その後、『ボ・ディドリー』『リトル・リチャード』『エルウ゛ィス・プレスリー』が次々にヒット曲を出し、あっという間に全米に広がっていった。ロックンロールが、暴力教室に描かれていたように権力に対する反抗とするならば、白人に奴隷としてしいたげられ続けた黒人の音楽が、ロックンロールの基礎となっているのは当然だと思う。 そしてもう一つ、ロックンロールという言葉を作った人も紹介しておく。ストリートから生まれた様々な黒人音楽(もちろんブルースも含まれる)をロックンロールという名の下に流す人気のラジオ番組があった。ラジオ番組のDJの名はアラン・フリード(白人)。彼こそがロックンロールというの言葉の生みの親である。

ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツを聴きたいと思ったら↓がオススメ!!
ベスト・オブ (ロック・アラウンド・ザ・クロック収録)




第2章 人種差別とロックの誕生

1954年のビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」と1955年の映画「暴力教室」の2大ヒットにより、1955年に、ロックンロールブームが巻き起こった。そしてこの年には、リトル・リチャードの「トゥッティ・フルッティ」、ボ・ディドリーの「ボ・ディドリー」、チャック・ベリーの「メイベリーン」などが大ヒット。なかでも、エルウ゛ィス・プレスリーの「ザッツ・オール・ライト」がロックブームを全米に広げた。そもそも1940年代後半から50年代初頭まで、RCAやコロムビアなどのレコード会社大手4社が業界を牛耳っていた。そしてこの4社が無難な曲、ポップバラードやカントリー、R&Bを流していて、そういった曲が社会に浸透していた。そういった状況はある意味、飽和状態であり、そんな刺激のない状態が続いていた。そんな時に登場した刺激的なロックンロールが、若者達の心を掴んだのは当たり前の事だったのかもしれない。
1950年代初頭というのはまだ、人種差別が根強い時代で音楽的にも、ポップバラードやカントリーなどは白人の音楽、R&Bは黒人の音楽という認識が強く、音楽的な歩み寄りというものも一切なかった。そんな時、黒人音楽と白人音楽の融合を目指した人物がいた。それがプレスリーのプロデューサー、サム・フィリップスである。またR&Bを白人社会に普及させる活動を始める人物も現れる。それが「ロックンロール」の言葉の生みの親でもある、白人DJのアラン・フリードである。こういった人物の努力により、少しずつ、少しずつ白人社会の間にR&Bが浸透していったのである。そして、カントリーとR&Bを結び付けた最初の白人アーティストが、ビル・ヘイリーであり、プレスリーだった。プレスリーのデヴュー曲が、R&Bの黒人の曲のカウ゛ァーというのも、ロックの歴史の中で重要なポイントだと思う。
ここまでまとめると、ロックは誕生と同時に、白人と黒人の音楽の壁を打ち破ったといえるだろう。あと個人的に思う事は、音楽の壁を打ち破ったロックというものは、人種差別がいかに下らないものかという事を、最初に問題提示した大きな文化的革命だったのではないかと思う。生活する中で、普通ならこうであると考える一般的な常識。今なら人種差別なんてほとんどないと思うが、当時は、人種差別が常識だったわけだ。そしてロックは、白人とか黒人とか関係ない。その常識が正しいとは限らない、ということを最初に訴えたんだと思う。そう考えると、ロックというのは、クラシックやオペラにも負けない、ものすごく意味のある立派な文化に思えてしまうのは、管理人だけではないはずだ。

エルウ゛ィス・プレスリーを聴いてみたいと思ったら↓がオススメ。
MEGA ELVISエッセンシャル・コレクション (ザッツ・オール・ライト収録)

リトル・リチャードを聴いてみたいと思ったら↓がオススメ。
ベスト R&Bマスターズ (トゥッティ・フルッティ収録)

ボ・ディドリーを聴いてみたいと思ったら↓がオススメ。
グレイティストヒッツ21 (ボ・ディドリー収録)


ロックの歴史 第3章   ロックンロールの創始者

ビリ・ヘイリーやプレスリーなどの白人がロックンロールを始めた頃に、黒人でロックンロールをかき鳴らし白人社会に溶け込んでいったミュージシャンも出てきた。その代表といえば、ロックンロールの創始者とも呼ばれるチャック・ベリーである。もちろん創始者と呼ばれるのには理由がある。まず1つ目。当時ソングライターとミュージシャンは別々で、ソングライターの作った曲をミュージシャンが歌っていたのだが、チャック・ベリーはビートルズよりも先に、自分で作り自分で歌うというスタイルだった。(この頃プレスリーもオリジナルは作ってなかった)後にビートルズがこのスタイルで、多くのミュージシャンに多大な影響を与える事になる。2つ目は歌詞内容。ブルースというのは黒人社会における悲しみを歌うのが基本的なスタイルだったが、チャック・ベリーの書く歌詞というのは、白人、黒人の関係のない10代の若者がもっとも共感出来るような内容で、学校の事や女の子の事など、10代の若者のライフスタイルを歌ったというのも当時は、全く新しいスタイルだった。3つ目は、ロックンロールの初期形態であるR&Bとカントリーが結びついたロカビリーのスタイルを発展させた、ロックの基本の8ビートを最初にレコードにしたのが、チャック・ベリーだという事。4つ目の理由。これが最大の理由だと思うが、和音を交えた高音弦でのコード奏法や、チョーキングを使ったグリース奏法、ピッキングなど、現在ではヘウ゛ィメタ、ハードロックやパンクなど、当たり前となったロックのギタースタイルを創世し確立したのが、このチャック・ベリーだ。これだけの理由があれば、チャック・ベリーがロックンロールの創始者という事に誰も異論はないはずだ。ビートルズやストーンズ等もチャック・ベリーの曲をカウ゛ァーしまくってるのも興味深いところ。おそらくアーティストにカウ゛ァ―された数は、ビートルズよりも多いのではないかと思う。

ケネディー大統領だったと思うんだけど、確か『私がもし、宇宙人に地球の曲を一つだけ教えるとするならば、チャック・ベリーのジョニー・B・グッドを教える』と言ってた事があった。このジョニー・B・グッドは、誰もがどこかで聴いた事ある曲だと思う。個人的には、今聴いてもカッコイイ曲だと思うし、いつの時代でも、どこの場所でもライブで盛り上がる曲だと思う。チャック・ベリーの曲全体を通して思うのは、もちろん音は古いのだけれど、曲自体はまだまだ輝いていて、現代のロックミュージシャン達も見習うべきものがたくさんあると思う。ちなみにチャック・ベリーは、おじいちゃんだけど現役なので、もし機会があれば生きた伝説の男を生で体験しては?

チャック・ベリーを聞くなら↓がオススメ
ベスト・オブ・チャックベリー(ジョニー・B・グッド収録)


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